BEYOND THE IDOL

 第十章 ◆ 多種多様なアイドルグループを見つめて(後編)



 前回はアイドルグループの形態としてメジャーな二人組・三人組を中心にお送りしてきました。今回は「四人以上~無制限」を全般的に見ていきたいと思います。

 まずは微妙なトコから。'80年代初期の4人以上のグループといえば、サンデーズ……。まぁ、これをアイドルグループと呼んでいいのかどうか悩ましいところ。成り立ちはレッツゴーヤングの番組内ユニット。しかも、このグループは番組途中で結成されたので'70年代からすでに存在しています。ただ、あえて'80年代から取り上げたのは、この時期のサンデーズから4人編成(佐藤恵利・倉田まり子・松田聖子・浜田朱里)になったからですね。それまでは3人組だったので、本来であれば前項で記されるべきでしたが、こうした理由からこの項に温存しておきました。
 また、これ以降のアイドル史における4人以上のグループの傾向として、「番組内の企画ユニット」という形態、「一定期間でメンバーを入れ替える」という、このサンデーズが確立させたスタイルが多いことも付け加えておくべきでしょう。
 ただ、このサンデーズの扱いは本質的にはアイドルグループとして扱われないほうが普通。なぜならば、サンデーズ名義のオリジナル楽曲がシングルリリースされてないからってのが原則的な理由です。ですので、この番組内ユニットは必ずしもアイドルグループとして明確に位置づけられない面も持っているのです。

 さて、話をメンバーの話題に戻しますが、このグループは前述したようにユニット形態であるがゆえに、様々なアイドルが出入りしていました。ちょっと代表的な所を挙げていくと、つややかな声と歌唱力に定評があった川島恵。また、アイドルというよりドレミファドンや欽ドンなどのドン系の印象が強い(?)坂上とし恵。彼女は胸さわぎの放課後などのドラマにも出ていましたね。
 あとは、後にアニメ声優としてブレイクする日高のり子と佐久間レイ。いわゆる「トップをねらえ!」のノリコとお姉さまコンビもサンデーズ出身でした。……と、あまりにもサンデーズで文字数を割くのもナンなので、次ぎに行きましょう。
 お次は'84年デビューのセイントフォー(浜田範子・岩間沙織・鈴木幸恵・板谷祐三子)。最近だと、セイント「フォ~!」とHGバリのギャクに使えそうなことはおいておくとして、ン万人のオーディションから選ばれた4人をン億円で売り出すというプロモーションで有名ですね。むしろそういう印象のほうが強く、彼女らの楽曲や活動そのものの印象は希薄かもしれません。
 さらに、そのデビューまでの軌跡を、ドキュメンタリー風の映画で綴った「ザ・オーディション」のおかげで、アイドルとしての華やかな印象よりも汗臭い雰囲気がつきまとってしまったのも少々不幸だったかもしれませんね。アイドルにはめずらしいメガネっ娘のメンバー(板谷祐三子)を擁するも、途中脱退。その代わりにいわお潤が加盟するも解散。このいわお潤は後に岩男潤子と改名し声優としてブレイクしました。
 続いて'85年ともなればおニャン子クラブが登場。'80年代のアイドル史に燦然と輝く彼女らは、会員番号制で加入と卒業を繰り返し、常にリフレッシュさせながら多くの話題を振り巻きました。しかし、その寿命は'87年9月まで(2年半)と意外に短命。ファンとしてはひいきのメンバー(自担・推しメン)が卒業すると同時に、おニャン子自体に興味が無くなってしまう危険性も省みず、この短期間に入退部を繰り返しながらメンバーは延べ50人以上。少々展開が早過ぎた印象も否めません。「最初の一年は燃えたけど、後期は知らん」ってファンもいれば、「W渡辺&我妻最高、初期は知らん」ってファンもいるのが一般的な傾向なのかもしれません。でも、通してファンだった分母の多さは尋常じゃなかったことは紛れもない事実です。
 デビュー順だと、実はこの後にオールナイターズが来ます。いや、時期はさほど変わらないのですが、オールナイトフジからは、おかわり&おあずけシスターズ名義が先行してデビューしていましたが、オールナイターズ名義でデビューしたのは晩年なんですね。当時番組に出演し、料理のできない女子大生に説教していた料理人結城貢もジャケットで絡んでましたね。たしかデュエット曲もあったような……。

 さて、これらの展開でひとしきり盛り上がった後、フジサンケイグループが「夢工場'87」というイベントを行ないます。今で言うお台場冒険王みたいな感じと思えばいいでしょう(ちょっと違うけど)。その「夢工場」の専用アイドルグループ(期間限定?)として登場したのが「アイドル夢工場」。メンバーは、村岡英美、仲地さより、桜川佳世、渡辺恵、太田千秋、安原万里子、時田成美の総勢7名。プチおニャン子って印象も手伝って、それなりの人気はありました。
 分かりやすく言えば、モーニング娘。に対するBerryz工房みたいな感じ? というとちょっと語弊がありますが、乱暴な位置づけとして考えるとそんな感じかも。とにかく、つんく♂の「さくら組」「おとめ組」など各種キーワードが、さくら組や乙女塾など過去のアイドルを連想させる中、「~工房」というのが、この「夢工場」を想起させる……と、こじつけるのは少々乱暴でしょうか。
 脱線話はともかく、この「夢工場'87」自体が盛り上がったかどうかと聞かれるとかなり微妙だと言わざるを得ません。同様に、この「アイドル夢工場」も全国区で見れば一部のマニアの間で盛り上がっていたという印象です。とにかく、この頃のフジテレビ自体が、大ヒット曲を連発するおニャン子勢を、他局歌番組に出すだの出さないだので、かなりしょっぱい印象が強く、美味しいトコはすべて独占……みたいなノリを醸し出していました。
 無論、そんな状況だとこうした大掛かりなイベントですら他局で扱われることもなく、今さらアイドル夢工場を推したいってことで各方面に売り込んだとしても、総スカンを食らうのが関の山。というか売り込んだのかどうかも定かじゃありませんが、夢工場はこの頃のフジVS.他局という構図を意識せざるを得ない存在だったと言えるでしょう。
 そんな印象もどこへやら。'89年にTV番組「パラダイスGoGo!!」のスタートと共に登場したのが乙女塾。これまたこの項としては微妙な位置づけで、「塾」と名が付くように一応タレント養成の側面を持っており、さらに乙女塾名義での楽曲もありません。いわゆるアイドル輩出の器、という感覚ですね。番組スタート時は「やっぱ、おニャン子の栄華が忘れられないのかフジは……」と斜に構えて見てしまいました。しかし、そんな意に反して人気は上々。前項で記したCoCoを筆頭にribbonなどの人気アイドルグループを輩出。おニャン子に匹敵……とは言いすぎかも知れませんが、そういう印象なくらい'90年代前半のアイドルシーンを支えた重要なグループとして君臨しました。
 そんな乙女塾の人気に対抗すべく登場した(と勝手に思っていた)のがさくら組。「アイドル共和国」~「桜っ子クラブ」という番組で展開したアイドルグループで、こちらもさくら組名義のシングルは1枚のみ。主にソロで活動したり、メンバーの個性を尖らせる方向性が強かった印象もあり、乙女塾とは違った雰囲気と一定量の人気がありましたね。
 あと同時期ですと、七つ星という無理矢理なユニットもありました。楽天使というアイドルユニット(中山忍・田山真美子・河田純子)とLip'sというユニット(吉村夏枝・山本京子・加藤貴子)に宍戸留美を加えた7人のユニット。こちらも七つ星名義では1枚くらいしか出してないはずですが、そもそもソロ活動が中心の彼女らなので、ある種の企画モノという認識でいいのかもしれません。
 この後'90年代ではC.C.ガールズ(D.D.GAPS)の流れを汲むグループが続々登場。彼女らは4人組が多く、シェイプUPガールズやイケイケガールズも4人。この~ガールズってのは基本的に4人が多いと思ったら、Giri Giri GIRLSは5人でしたね。T-BACKSも5人だわ。ちょっと似て非なるけど、極め付きの存在であるミニスカポリスともなるとさとう珠緒のいた初代は3人だったはずですが、いつのまにか10数名に膨れ上がった時期もありましたね。もう名前を列挙する気になりませんが。
 同じような時期、東京パフォーマンスドールが登場。木原さとみ・米光美保・篠原涼子・穴井夕子・市井由理・川村知砂・八木田麻衣の7人。このグループもメンバーの脱退と増員およびサポートメンバーであるTPD-DASH!からの昇格などを繰り返す傍ら、ユニット内ユニットもいくつか存在し、ちゃんと追いかけてないと把握不能です。
 総勢20名となる南青山少女歌劇団は、その名の通り構成メンバー=団員ですので、入れ替わりもあり変動があります。普段はミュージカルが主たる活躍の場……でありたいと思っていたのでしょうが、アイドルとしてちゃんと楽曲をリリースしています。また、このグループにもナンショーキッズという年少ユニットがありました。後にBON-BON BLANCOを結成するメンバーもキッズ出身でしたね。
 これまた番組企画モノの黒BUTAオールスターズは、初代とE.L.Tの持田かおりや三宅亜衣を擁した2代目くらいまでが10名で、あとは分かりませんが最後の頃は3~4人だった気がします。
 地下アイドルとして確固たる地位を築いている制服向上委員会の当初のメンバー数は14人(だったハズ)。未だに現存し未だにメンバーチェンジを繰り返す恐るべきアイドルグループですね。基本的に楽曲はインディーズでのリリースなので、そういう意味では他のメジャーアイドルと毛色の違いもありますが、そのあたりはロックバンド的な主張とスタンスに裏打ちされた自己主張なのかもしれません。また、特に最近はある政治政党の某議員の選挙応援に駆けつけるなど、非常に不思議な活動を繰り広げて話題になっております。

 さて、あまりにもマイナーな方面に引っ張られているので、メジャー方面に戻します。
 何だかんだ言っても、'90年代最大(?)の4人組といえばSPEED。島袋寛子・今井絵理子・上原多香子・新垣仁絵の中学生メンバーによって構成されてました。特筆すべきは、女子中高生における人気が高かったこと。アイドルと言えば男性ファンという図式はあるのですが、それに負けず劣らずの女性人気がありました。
 このあたりは、安室奈美恵の沖縄組の流れがあり、アイドルというよりJ-POPのヴォーカルグループという位置づけ・売り出しが手伝ったということもあるのでしょう。それにしても、アイドルとアーティスト性を両立させ、男女共に支持された非常に稀な例だと言えます。解散して5年ほど経ちますが、そういう意味で彼女らを抜くアイドルグループは未だに存在しない……という論も成立しそうな気がします。
 SPEEDと入れ替わりるように人気を博するいくつかのグループが登場します。その最たるものがモーニング娘。なのですが、これは後述。そうした時期に少々話題になったグループとして挙げられるのがZ-1。そしてこれまた位置づけが微妙なのがWhiteberryとZONE。
 まずZ-1(上戸彩・西脇愛美・藤谷舞・根食真実)ですが、オスカー主催の国民的美少女コンテストの主審メンバーで構成されたアイドルグループ。このコンテスト出身者でユニットを組ませるノリがエスカレートしたのか、同事務所では現在は30名以上の大所帯である美少女クラブ31というグループも展開しています。ちなみにZ-1は、'99年のゲームの日に浅草花屋敷でイベントをやってましたね。……いやゲームつながり、ということで。
 WhiteberryとZONEですが、彼女らをアイドルグループと呼ぶには無理があるような気がしますが、そのあたりの私の個人的な基準は、BOMBやUP to boyに掲載されるかどうか、でしょう。左記のアイドル雑誌に載れば、事務所も本人も「アイドル視」されることを厭わなかったと思えますし、だからこそ取材や掲載がOKとなったと受け取れます。アイドルであるかどうかは、事務所や本人がどう考えるかという軸もありますが、ファンがアイドルと思って信望するかどうか……という要素も大きいですからね。そういう意味でマツケンやヨン様なんてのは、立派なアイドルとして成立してしまっていることと近い部分はあるのかもしれません。
 さて、最後はモーニング娘。。5人組からスタートし、紆余曲折(?)を経て現在は10名。また、グループ内ユニットである、タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。も、母艦の影響を受けてメンバーチェンジを余儀なくされます。特にタンポポは、デビュー時は3人でしたが、あやっぺ脱退と共に加護・石川を入れ4人に増強。ミニモニ。は当初から4人。とはいえ、このあたりの最近の活動はあまり目立ったモノがありません。
 同じハロプロという枠組では、ココナッツ娘。のデビュー当時は5人組(アヤカ・ミカ・レフア・チェルシー・エイプリル)。現在はアヤカのみ残留。ハロプロの中で根強い人気を誇るメロン記念日(斉藤瞳・村田めぐみ・柴田あゆみ・大谷雅恵)は、デビュー当時からメンバーチェンジがない希有なグループ。それゆえにファンの支持が得られている部分があることは、他のハロプロユニットに対するアイロニックな面を持っているのかもしれません。
 この他ハロプロにはXYZやROMANSなどのユニットも存在しますが、行き着くところカン娘に紺野と藤本という犯則技のようなメンバー構成に付き合わなきゃならないので、このあたりは割愛します。
 さて、締めはBerryz工房。小中学生を中心とした8人(清水佐紀・夏焼雅・菅谷梨沙子・徳永千奈美・嗣永桃子・熊井友理奈・須藤茉麻・石村舞波)のグループ。現在は石村の卒業により7人。モー娘。を軸とするハロプロの中では、メロンに並び独自のメンバー構成を貫いています。今後、ハロプロキッズとのシャッフルが行なわれていくと怖いのですが、そのあたりは神のみぞ知るというところでしょうか。

 さて長きに渡って見てきたアイドルグループの変遷ですが、結構長くなっちゃいました。次回も一回で終わるかどうか……いやこの調子だと2回に収まるのか不安になってくるネタでいきたいと思います。

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